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2011年5月

2011年5月22日 (日)

丸い緑の山手線

山手線は、東京都心をグルグル回る電車です。
普通の線路だと端と端があるので、
”上り・下り”と言いますが、
グルグル回る山手線は、
”外回り・内回り”と言われます。
因みに”やまのてせん”が正式名称で
”やまて”と言うのは、国鉄内部での通称が
広まったものなのだそうです。
ついでに調べると、山手線というのは
品川から新宿・池袋を通って田端まで
なのだそうです。
因みに、田端から東京までは東北本線
品川から東京までは東海道本線だそうです。

で、グルグル回る山手線。
今、毎日これに乗って仕事に行ってます。
新宿と五反田の間を利用してます。
新宿から乗る時は、”渋谷・品川方面”
五反田から乗る時は、”渋谷・新宿方面”
ある日、新宿から乗る時にふと思いました。
「渋谷に着いたら、この表示どう変るんだろう?」
そう思いながら、渋谷に着いた時
ドアの上のモニターを見上げたら
”品川・東京方面”と変っていました。
そりゃあ、渋谷に着いたのに
”渋谷方面”は無いですもんね。
帰りに見てみると、やっぱり渋谷で
”新宿・池袋方面”と変ってる。

「じゃあ、この表示が変るタイミングはいつ?」
そう思って、次の日は1つ手前の駅から
ドアの上のモニターに注目しました。
新宿から乗って、渋谷の手前・原宿に着きました。
開いたドアの上には、
”原宿””はらじゅく””HARAJUKU”
と切り替わって表示されます。
左上に小さく表示された行き先は
”渋谷・品川方面”のままです。
ドアが閉まると
”渋谷・品川方面”と大きく表示され、
”次は渋谷””つぎはしぶや”NEXT SHIBUYA”
と変ります。そしてこの時に、
小さく表示されていた”渋谷・品川方面”が
”品川・東京方面”に変ったのです。
つまり、行き先表示は
1つ手前の駅を出発した時に変るのです。

疑問が解決してスッキリしたと思ったのも束の間
この”○○・□□方面”って、何パターンあるのかな?
これも気になっちゃったので、
まずは乗車範囲の中で調べてみました。
新宿から乗ると”渋谷・品川方面”
そして原宿を出た所で”品川・東京方面”。
五反田から乗ると”渋谷・新宿方面”
恵比寿を出た所で”新宿・池袋方面”
代々木を出た所で”池袋・上野方面”。
ほぼ丸く繋がりましたが、
不明なのは、上野と東京の間に何処か入るのか?
で、ちょっと調べたら”上野・東京方面”
って事で、めでたく丸く繋がりました。

次に思ったのは、
「1本あたり、平均何周くらいするもんなんだろ?」
・・・でも、これは考えない事にしました。

次の通勤中の疑問は、
「丸の内線、中野坂上-新中野間の立体交差は?」
毎日暗いトンネルの中、
目を凝らしながら解明中です。

と、こんな下らない事考えながら通勤してます。

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2011年5月 5日 (木)

去年来た道、大名栗林道

今年のGWは、見事なまでに
前半と後半に分けられている。
前半は福島の温泉に行った。
前半終了後、カレンダー通りに仕事して・・・

さて後半、これまた天気予報はいい。
だったら・・・
久し振りに単車引っ張り出そう!
何処へ行こう・・・
と迷ったのは一瞬、
すぐに行き先は決まった。
去年、崩れてて途中で引き返した大名栗林道。
今年もそのままなのか、
既に復旧しているのか、確かめに行こう。

途中、コンビニで昼食を仕入れて
林道入り口に着いたのは13時前くらい。
さ~て、久々のロングダート楽しみましょう!
・・・って、
何だか真新しいアスファルトが続きませんか。
まさか、ここも舗装されちゃった?
と不安に思い始めたらダートが始まった。
林道と登山道が交差する休憩所。
ここでお昼休憩。
去年まで湧いていた水が、枯れている。

ちょっと短めに休憩を切り上げて、
去年の崩落場所を目指して出発。
相変わらず、落石は多い。
そろそろあの崩落場所、なのだが・・・
確か、この辺だったよな・・・
あれ?まだ先だっけ?
と探してるうちに、反対側の入り口へ。
気付かない程に、自然に修復されていたようだ。

折角通り抜けたのだから、
と他の砂利道も走って行く事に。
地図に出ていないから気付かなかったけど、
このエリア、結構長めのダートがあちこちにある。
何本か走って、最後に大名栗林道を反対から。
(崩落箇所、見つけました。)
結局、ダートだけで50kmくらい走ったかな。

心地よい疲労感の中
明るいうちに帰り着こうと帰路についたが、
やっぱり青梅街道は渋滞していた。
行きも帰りも、
渋滞は田無あたりから瑞穂近辺。
何かあるのかな、このエリア。

天気に恵まれたこの日、
沢山のオフ・ライダーに出会いました。
乗り方、随分忘れてるけど
やっぱり、ダートは楽しいよ。

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2011年5月 3日 (火)

温泉に行こう、福島へ行こう!

◆プランニング
 GW、何処に行こう・・・
 やっぱり会津かな。
 あれこれ迷って、安達太良の山間、
 土湯の奥の不動湯に行き先は決まり。
 (会津、と言うより中通り)
 東京から土湯への格安高速バスがあるけど
 何故か運休中だとか・・・
 じゃあ、車を借りよう。

◆1日め
 1泊2日の行程中、
 天気予報はどちらもいい。
 途中の渋滞も無いみたいだし、
 期待通りの2日間になりそうだ。

 那須近辺から福島へ向けての東北道、
 所々に真新しいアスファルトや
 高速道にはある筈のない段差も。
 路肩に目を向ければ、崩れている所もある。
 地震の爪痕だな・・・

 東北道を下りて土湯温泉に向かう。
 街中で目にするこけしと足湯。
 名工の作を並べる店の奥の棚には、
 地震で倒れたままのこけし達。
 実は、もう3度も並べ直しているのだという。
 立派な枝垂れ桜が境内を飾る
 小さな神社の灯篭も倒れたままだった。

 山間の一軒宿、鄙びている。
 一息ついてから、まずは露天風呂へ。
 ちょっと不安になる長い階段を下り、
 更に屋外の石段を下り、
 渓流沿いの小さな湯船は
 ゆったり入るには3人が限度。
 石段を下りる為のサンダルは
 二足しか用意されていない。
 要するに、貸し切り状態。

 麓の土湯や野地の宿では
 被災者を大勢受け入れているらしい。
 国からの補助は、被災者一人あたり\5,000。
 立派なモノを出す必要は無いが
 3食提供しなければならず、
 繁忙期と同じだけの人件費を必要とする。
 一部の被災者が夜中まで宴会騒ぎ、
 堪え兼ねた一般客が連泊を諦め、
 近隣の静かな宿を探す。
 受け入れ側も限界が近いようだ。

◆2日め
 安達太良の麓から吾妻連峰へ。
 吾妻小富士が徐々に大きくなって来る。
 有料道路の料金所に着く頃は
 また空一面雲に覆われてしまった。
 しかしこの道路、高い・・・
 標高も、料金も、高い。
 浄土平の駐車場で、また料金を取られる。
 「ま、募金だと思えば・・・」
 こう考えてしまうところが、
 政治家やら役人やらに巧く騙される
 日本人の代表のようにも思えた。

 一切経山は、何年か前に登頂を断念した頂。
 そのリベンジ成るか、とも考えたが、
 まだ雪に閉ざされているとの事。
 今回は吾妻小富士から
 噴煙立ち上るその姿を堪能する事にした。

 浄土平を後にすると、
 小規模ながら雪の回廊が現れる。
 数センチの積雪で大雪と騒ぐ、
 そんな所で産まれて育って
 日常を過ごした四十数年には、
 十分に心躍る雪の回廊。

 有料道路が終わる頃、
 そこに湧くのは名湯・新野地温泉
 豊富に湧く白濁した硫黄泉、
 露天を存分に楽しみたかったけど
 雨が落ちて来たので内湯へ避難。
 内湯でもお湯の良さは変る訳ではなく
 存分に堪能できる。
 いつか泊ってみたい宿の一つ。

 帰路に着いた東北道で、
 軽く睡魔に襲われたので
 相方に運転を替ってもらう。
 相方の運転は初めてだ。
 これからは、たまに運転して貰う事にしよう。

 スカイラインから遠く眺めた磐梯山。
 次はあの頂に挑戦したいな。

 (アルバムはこちら

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